7.行動を整える

 「外相整えば内相自ずから熟す」と言います。まず形を作れば、心は後からついてくるというのです。
 雑念恐怖で悩む人は、雑念が無くなり精神が集中したら勉強を始めようと考えます。一心不乱に集中してやらなければ能率が上がらないと思うからです。しかしそれではいつまでたっても勉強することはできません。やる気が無くても何でもいいから、ともかく机に座ってノートと教科書を開くのです。
 やる気があるなしではなく、やる必要があるかどうか第一にして行動することが大事なのです。必要なら机に向かって本とノートを広げ、嫌々ながらでも、ほかのことを考えながらでもよいから勉強を始めます。そうすると、いつの間にかかなりの成果が上がっているというわけです。仕事に行くときも同じです。やる気満々で仕事に行くことはめったにありません。義務感で職場に向かうのです。それでも職場の中に身をおくと、いつの間にか仕事に励んでおり、気がついたら夕方だったということが多いのです。気が乗らなくても、とにかく飛び込むということが大切です。
 畑の草を取るときには、心を整えてからなどと言わないで、ともかく道具を持って畑まで行きます。それができれば、草取りはどんどんはかどります。他人の家に謝りに行かなければならないときなどは、なんと言おうか、許してくれなかったらどうしようかなどと、行かない先からいろいろと心配することが多いでしょう。こういう時も外相を整えることをまず考えます。まず相手の家の中に入っていくのです。そうすると、それなりに言葉は出てきて、何とかなっていくものなのです。
 はじめから完全に仕上げようと思えば気が重くなりますが、何もやらないよりは、少しでもやった方がましと思えば、気楽に行動できます。

8.恐怖突入

 文字通り恐ろしい言葉ですが、不安に思うことから逃げないで、やるべきことはきちんとやりましょうということです。赤面恐怖の人は、赤面して人から笑われるのではないかという恐怖から、赤面を起こしそうな場面を避けようとします。森田先生は恐怖突入について、「『奮励一番、電車に乗りて、自分の張り裂けるような赤面を衆人の前に曝すべし』と命じ、患者に猶予無く、直ちにこれを実行させるようなものである。」と言っている。恐怖突入とは、恐怖のためにこれだけはしたくないと思うことを、思い切ってやることです。どんなに不安だろうが恐かろうが、その場所に自分の身体を持っていくことです。
 不安神経症のある女性は、電車に乗ると心臓がどきどきしてきて倒れるのではないかという不安が強くて、一人では絶対に電車に乗ることができませんでした。一人では外出できなくなっていましたので、ご主人と一緒に外来を訪れました。私は、身体はどこも悪くないこと、考え方の間違いによって起こることなどを説明し、治すためにはどんなに恐くて一人で電車に乗らなければならない、ここをやらないで避けていては絶対に治らないとということを伝えました。この人は大変理解がよくて、ご主人を先に帰して、思い切って一人で電車に乗って帰っていきました。そして長年の不安神経症を、わずか半日で克服したのです。
 恐怖突入は、自分一人でやらねばなりません。そこでは誰の助けも借りることはできないのです。一人でも大丈夫だということを体験を重ねる事によって、自分が恐れていたことが、実は大した事ではなかったということが分かるのです。
 その場合、ともかくその場に身を持っていくことを考えるとよいと思います。不安や恐怖のために、やらなければならないことから逃げるのがもっともよくないことです。行きさえすれば、後は何とかなるものです。たとえば、大勢の前で話すときには、まず壇上に立つことです。
 たった一人で、その場に身を置く、これが恐怖突入です。人生には、一人で立ち向かわなければならないことがたくさんあるのです。

9.劣等感的差別感

 人は皆似ています。多少の程度の差はあっても、誰でも同じ経験をしています。他の人は平気でやっているが、自分だけは苦しい、自分だけ他の人と違って劣っているという考えです。
 対人恐怖の人は、人前では自分だけあがると思います。気になる女性の前で緊張したり、赤面したりするのも、自分だけだと思っているのです。小説やドラマなどでは、このような心情は、よく出てきます。それに接すると、自分にも思い当たることがあって、共感を覚えるのが普通ですが、対人恐怖の人は、自分の対人恐怖だけが頭にあるので、皆似たようなものだという考えになかなかならないのです。
 勉強するとき雑念が湧いてきて集中できないと悩む人もいます。他の人は何事も考えずに勉強に集中できるが、自分は雑念のために思うように勉強できないと考えているのです。勉強とは、ほかのことを考えたり、途中で投げ出したくなるのを我慢しながらやるものだということが分かっていないのです。ですから、よく勉強する人をみても、辛いのによくやっている、なかなかの努力家だというように尊敬したりはしません。要するに人間とはどういうものかということについての知識が足りないのです。
 人は同じようなことで悩むものだという平等感を持つことが大事です。

10.劣等感的投射

 自分が弱点だと思っていることを、他の人も同じように考えて注目しているという考えです。対人恐怖の人に多く見られます。
 左右の眉の形が違っているのを気にして、眉を隠すようにタオルを巻いて外出した人の話が本に出ていました。左右が全く同じ形の人などほとんどいないでしょう。普通は眉の形などほとんど気にしていません。自分の家族がどんな形の眉だかはっきり言える人はほとんどいないと思われます。この人はすべての人が自分の眉の形に注目して、形が違うのを見つけて笑うだろうと思ったのです。
 赤面を気にする人は、赤くなることはひどく恥ずかしいことだと思っています。さらに、人はすべてそういう価値観を持っていると勝手に判断しているのです。そして周囲の人も自分と同じ価値観を持っていて、自分の赤面にいつも注意を払っていると思いこんでいます。
 繰り返しになりますが、神経症は、普通の人の感情や考えていることがよく分からないことから起きてきます。正常な人間についての考え方の誤りがあるのです。その誤った考え方をみんなが持っていると信じているのです。しかしこの点こそ、自分と人が違うところです。改めなければならないのは、この点なのです。
 高良武久先生は、これを劣等感的投射と言いました。投射(投影)とは、自分の心の中にあることを、他人が持っているように思いこむことです。自分がある人を憎んでいるとします。憎しみという感情は自分の中にあるのですが、それを認めることをしないで、相手が自分を憎んでいると考えるのもその一例です。
 人前で赤くなるのはとても恥ずかしいことだというのは、自分の考えです。他人がそう思っているかどうかは、よく分かりません。他の人はそんなことはいちいち気にするほどのことではないと思っているかもしれません。対人恐怖になると、悩みを誰にもうち明けないので、他の人がどう考えているかが、分からなくなります。

11.森田療法と過去

 森田療法では、過去を問題にしません。幼児期の体験には関心を持ちません。傷つけられ子供時代の自分を癒すなどという考えは全くありません。過去は、変えることのできないものです。
 レイノルズという人が「森田精神療法」という題の英文の本の中で、過去を問題にする精神分析との違いについて面白いたとえを書いています。高い飛び込み台の上からプールに飛び込むときは、誰でも恐いものです。森田療法では、「あるがまま」という考えに基づいて行動します。飛び込む前の不安・恐怖は感じるままに、飛び込みたいという欲求に乗って飛び込むのです。精神分析では、飛び込み台の上で、「この不安恐怖のよって来る所は何だろうか」と、幼児期の体験を思い起こすというのです。
 付け加えておきますと、現在の記憶研究が明らかにしたところによると、人の記憶は全く当てならず、経験したとおりのことを記憶するとは限りません。本当に経験したことを加工修正して、記憶してしまうのです。そうなると犯罪の証言などでは大きな問題になります。この点についてはテレビでも盛んに放送されるようになっています。本もたくさん出ています。
 森田療法で問題にするのは、今の自分の考え方と行動です。過ぎ去った過去は変えようがないし、未来は手のつけようがありません。私たちが何とかすることができるのは、今のこのときだけなのです。ですから、今、自分にできることに集中するのです。変えることのできない過去の記憶に悩まされたらどうしたらいいでしょう。今をよくするための行動を起こすのです。台所をきれいにする、野菜に肥料や水をやる、友人に手紙を書く、専門書を読んで新しい知識を身につけるなど、やることはいくらでもあります。今をよくしていけば、未来は開けてくるのです。
 過去や未来の扉を閉めるという考え方は、外国の思想にも多く見られます。カーネギーの「道は開ける」(創元社)という世界的ロングセラーの第一章は「今日、一日の区切りで生きよ」という題です。過去について次のように言っています。「過去と縁を切ることです。息絶えた過去など、死者の手にゆだねましょう。」米国海軍を指揮したキング提督は次のように言ったそうです。「わたしは明日の問題を少しでも有効に処理するために自分の時間を使っており、昨日の問題で思い悩んでいる暇はない。それに、過去のことにこだわっていたら、とうていこの身がもたない」。過去のことをあれこれと思い悩む暇があったら、これから先がよくなっていくように、今日の仕事に精出すべきだというのです。
 現実療法というカウンセリングの方法を編み出した精神科医グラッサーも、過去を振り返ることはしません。「現在に焦点を合わせ、過去の話をしないようにします。すべての人間の問題は、不満足な現在の人間関係が原因しているからです」というのが現実療法の考えです。私たちが変えることができるものは、いまの考え方と行動しかありません。
 アメリカで成功した人500人を20年間研究し、成功に至る共通の法則を見つけだしたナポレオン・ヒルも、過去の亡霊にとりつかれるなと強調しています。「後悔や苦い思いで、悔しさがあるならば、自分の過去の扉を閉じたまえ!ぜひそうするとよい。あなたは富と心の平安を求めているのだ。富へ向かう道も、心の平安へ向かう道も、あの不愉快は思い出の残る墓地の中を通ってはいないのだ」、「過去の扉を閉じる習慣は、他のさまざまな習慣の中でも最も偉大なものだ」。(「成功哲学」 きこ書房)

 最後にマーフィー言葉をあげておきましょう。「過去の憤りや恨みや悲しみについてあれこれ考えて、あなたのエネルギーや生命源を浪費してはいけません。そんなことをするのは、墓をあばくようのものです。中にあるのは骸骨ばかりです。……過去を水に流しなさい。そして過去に起こったマイナスの体験や精神的ショックには、いっさい心の中で触れてはいけません。いつまでもこういう精神的態度をとり続けてください。そしてあなたの現在の考えを変え、変えたままもとにもどさないでおくならば、あなたの自分の運命を変えられるのです」(「眠りながら巨富を得る」 三笠書房)

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